【光源院】行者堂壁面修理

光源院行者堂壁面修理事業
長年の歳月の風化により、光源院行者堂の堂内壁面漆喰に傷みが進んでいます。このたび尊像(役行者・弘法大師・不動明王)の修理に合わせ、祈りの場を整えるため堂内壁面漆喰の修復を行うこととなりました。行者堂の祈りを未来へ受け継ぐため、皆さまとのご縁を賜れましたら幸いに存じます。
光源院について
光源院は京都市上京区にある臨済宗相国寺派大本山相国寺の境内にある塔頭の一つです。相国寺第二十八世元容和尚の塔所で、応永二十八年(1421)に創建され、元は広徳軒と称しました。師は相国寺第二世普明国師に法を嗣ぎました。
永禄八年(1565)室町幕府13代将軍足利義輝が死去してその菩提寺となり、義輝の院号により光源院と改称します。
もとの光源院は現今の東にあり、天明の火災を免れますが、明治十八年(1885)その建物を毀ち、同二十九年(1896)善應院に合併し、善應院を廃して光源院と改めました。またこの時期に「神變大菩薩」「弘法大師」「不動明王」の仏像が安置されております修験道の「行者堂」が移築されました。毎年6月にはお堂をお守りしていただく「連山組」講が大峰山に入峰しています。因みに善應院は慶長九年(1604)七月、備前候池田輝政が母善應院殿を葬り、よってその香火所として創建した所です。
昭和六十三年(1988)には本堂、庫裡を改修し、新粧なった本堂の仏間十二面の襖には日展特選作家、水田慶泉画伯が構想を練って、約半年がかりで描き上げた禅宗寺院にも珍しい襖絵「十二支の図」が描かれています。令和元年には干支の自然石を配した庭園「十二支の庭」、令和5年には加藤晋画伯に描いていただいた桜の襖絵「春」そして「夏秋冬」、また風神雷神子供の姿の「風雷坊」が完成しました。

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事業の概要
光源院には臨済宗寺院には珍しい修験道の行者堂がありあます。行者堂には神變大菩薩をはじめとする7体の仏像があります。これらの仏像が修理のために厨子から運び出されるのにあわせて、行者堂内部の傷んだ漆喰を塗り直します。
〇修理の内容
行者堂内部の壁は雨漏りによる染みや、経年劣化によるひび割れや剥落が発生しています。堂内の仏像が修理のために運び出されるのに合わせて、堂内壁面の漆喰を塗り直します。
〇修理期間
令和8年4月~令和9年3月
〇事業総額
1,495,050円









クラウドファンディングについて
〇クラウドファンディングの目標金額
747,525円
〇クラウドファンディングの募集期間
令和8年3月12日~令和9年1月31日
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支援状況