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中学生記者文化財取材コンクール 受賞作品
記事の部
平成十六年 京都市長賞 「大覚寺で見つけたもの」
京都市立醍醐中学校二年 菅原 麻貴
なんてゆったりとした空気だろう。境内に入ってそう思った。歩いてきた道は車が慌ただしく行き交う師走の景色だった。でもここは違う。すれ違う人は皆、何かほっとしたような穏やかな顔でゆっくりと砂利道を歩いていく。足音の他には何も聞こえない。この静かな大覚寺も、その昔は幾度となく皇位を巡る争いに巻き込まれたそうだ。どっしりとした風格と威厳を感じるのは、南北朝時代、南朝の御所だったからだろうか。
そして大覚寺は四季のうつろいを感じることのできるお寺だ。春、夏、秋、冬それぞれに美しいのだろうが、特に有名なのが九月の「観月の夕べ」というお月見の行事。三大名月の鑑賞地の一つがここにあるのだ。
「こちらに広がっているのが大沢池です。」
ひんやりとした暗い廊下を抜け、私達が目にしたのは今までとは全く違う景色だった。池は雨に煙り、白いもやが辺りに立ち込めている。後ろの山が霧の中にぼうっと浮かび上がり、紅葉が織りなす赤と黄のグラデーションはどんよりとした空を背にしてよけいに鮮やかに見えた。
「大覚寺のお月見は空に浮かぶ月を見るだけではなく、池の水面に映る月も楽しみます。」
お寺の方の話を聞きながら、月夜の大沢池はきっとうっとりするほど美しいんだろうな、と想像していた。ゆらめく水面。ぴんと張りつめた漆黒の空に浮かぶ金色の月。私の心は旧暦八月十五日の「観月の夕べ」に飛んでいた。
そしてもう一つ、心に残ったところがある。今、屋根の葺き替え修理がされている宸殿だ。ヘルメットをかぶり、工事が行われている屋根へ上がる。コンコン。ザーッザーッ。バン。トトトト・・・。作業場は木の奏でる心地よい音で溢れていた。それに、木のいい香りがする。まるで森の中にいるみたいだ。宸殿の屋根には桧皮葺という工法が使われている。桧皮葺きとは、桧の立ち木からめくった皮を加工し、何枚も重ねて竹釘で屋根に止めていくという珍しいものだ。私が感動したのは作業の足場となる素屋根だ。普通は鉄パイプなのだが、この足場には太い大きな丸太が使われている。これは古くからの技術を残すためだそうだ。お寺の雰囲気が壊れないし、すごく自然な感じがしていいなと思った。
「桧皮葺きには機械化が一工程もないんです。」
力の込もった口調に職人さんの仕事への誇りを感じた。桧皮をとても大切に扱われるのは、自然への感謝と尊敬の表れだろう。私も桧皮を手に取ってみる。水に濡れた桧皮はしっとりとして、それでいてしなやかで自然の美を感じた。
時代が変わっても、ずっと変わらないでほしいものをここでたくさん見つけた。自然を大切にする心。美しいと思う心。伝え、残す心。その大切なものが文化財には流れている。先人達のようにそれらを守り続けたいと思う。
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