宇治駅を出ると、秋の名残を漂わせる山々、そのふもとを力強く流れる宇治川に目を奪われた。
十二月七日、私が訪れたのは、日本初の坐禅を基調とする曹洞宗の道場、興聖寺である。道元禅師によって建立され、江戸時代に再建されたこのお寺には、不思議な貫禄があった。
初めに足を運んだのは、開山堂、別名老梅庵と呼ばれるお堂である。少し緊張感が漂う空気の中、道元禅師の像が堂々と鎮座されていた。厳しい眼差しの奥にどこかあたたかみを感じた。磨きすぎて眉毛が白くなっている事や老梅庵の由来など、興味深いお話を伺った。道元禅師の遺骨が納められているのは、ここ興聖寺と永平寺だけなのだそうだ。最も私の印象に残ったのは、道元禅師の像の首は取り外しができるという事だ。亮俊さんのお話によると、首だけは何があっても持ち運べるようこのような仕組みになっているらしい。当時の人々がどれほど道元禅師を慕い、大切に思っていたのかが手に取るようにわかる。そうまでさせる道元禅師の人柄、人々の道元禅師への畏敬の念に強く胸を打たれた。
次に向かった天竺殿には、手習観音とも呼ばれる聖観音菩薩像がおられた。体の一部分が昼下がりのやわらかい光に煌き、それが観音像の神々しさを引き立てているかのようだった。今にも笑い声が聞こえてきそうな口元や穏やかな瞳を持っておられ、見ているだけで満ち足りた気持ちになった。天竺殿の中には聖観音菩薩像を中心とする優しい空気が流れていて、とても心地良かった。あれほど見るものに安らぎをあたえる観音像は、他では見る事ができないだろう。静かにたたずむこの観音像から、あふれんばかりの優しさが、強さが、生命が、感じられた。
禅宗について私はとても厳しい宗派だというイメージを持っていた。だが、厳粛でありながら穏やかなたたずまいを持つ、想像と遙かに異なる姿の興聖寺がそこにはあった。案内をして下さった修行僧の方々も、気さくで親しみやすい人達ばかりだった。
この先、生きていく中で数々の試練がきっと私を待っているだろう。そんな時、私はきっと思い出す。興聖寺で出会った、二つの眼差しを。あたたかみを潜めた厳しい眼差しは、私が苦しみ迷う時、叱咤激励し、背中を押してくれるだろう。全てを慈しむような優しい眼差しは、泣きたいほどつらい時、私を包み支えてくれるだろう。
自然の中に溶けこむようにたたずむ興聖寺。その中には、確かに「歴史」が流れている。取材の中で、私はそれを目の当たりにしたのだ。
いつの時代にも千年を越えて流れ続ける宇治川の水のように、数え切れないほどの人々の気持ちが流れ、数え切れないほどの人々の願いが生きている。流れゆく歴史を更に重ね、私たちの手で未来へと送ってゆきたい。
(井上 悠) |