第46回 中学生記者の文化財取材コンクール

宇治市長賞




「禅の心にふれて」

 宇治川のほとり。『興正寺』と石に刻まれた総門から緩やかな坂を上っていく。山のふもとの山門が私を迎えてくれる。そこには調和のとれた庭園を囲むように本堂や僧堂がたたずんでいた。
 ただ坐ることを説いた道元禅師。余念を排してひたすら坐禅すること。この日は、現在修行中の僧侶の方からお話を聞いた。
 興正寺は、始め、鎌倉時代に京都は伏見の深草に道元禅師によって建てられた。日本で最初の曹洞宗の道場である。しかし、応仁の乱で炎の中へと消えてしまう。現在の地に建てられたのが江戸時代初期。本堂は伏見城を移築した建物といわれている。張りつめたような空気の中、足を踏み入れる。歩くとキュッキュッと音をたてるうぐいす張りの廊下を進んでいく。天井には手や足の形の血痕がある。これは関ヶ原の戦いの時、伏見城で自害した者の血痕だ。時を経て黒ずんでいるのだが、しっかりとそれは残っている。
 回廊で結ばれる開山堂には、道元禅師の像があった。道元禅師は梅が好きであったから、「老梅庵」とも言われている。この像は首がはずれるようになっている。火災などがあったとき、せめて道元禅師の首だけでも、という思いがあるからだと教えていただいた。道元禅師に対し、尊敬の念を抱き、人々の思いによって作られたものと感じられた。
 この興聖寺で最も高い場所に位置するのが、天竺殿。本堂からの回廊は、私が幼いこと訪れた曹洞宗の本山である永平寺の趣があった。ここには、「手習観音」とも呼ばれる聖観音菩薩がお祀りされている。ここ宇治の地とも関係の深い源氏物語は今年千年紀を迎えた。その源氏物語「宇治十帖」に、恋に悩み宇治川に入水した浮舟が登場する。その浮舟が助けられた場所が、その昔、聖観音菩薩が安置されていた手習いの杜。源氏物語とのつながりに強くひかれるものを感じた。左手にははすのつぼみを持ち、優しい瞳の聖観音菩薩。この時、日の光があたり不思議な光を放ち、私達を温かく見守ってくれているようだった。
 ここ興聖寺では道元禅師の教えが今も受け継がれている。内観・自省によって心の源を知る。何も考えずにただ坐禅をするという曹洞宗。悩んだり、迷ったり、思い通りにいかないとき、そっと目を閉じ、自分に向かい合ってみよう。穏やかな心で自分に聞いてみよう。その答えはきっと自分の中にあるだろう。自分にとって大切なことに気づいたとき、それは、明日へとつながるのだから。
 この興聖寺で静かな時間と空間にまた包まれたい。そう思う一日だった。

(鹿谷 真紀)



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