【平安時代】
894年の遣唐使にともない、日本では独自の国風文化が栄えた。
この頃の絵画は中国文化の束縛を逃れ、日本的な画題を日本人の情緒に即した柔らかいタッチで描くようになった。これを「やまと絵」という。
また一方で、空海によってもたらされた密教や平安末期に流行した阿弥陀信仰などを契機とし、仏教絵画においても画題・技法などの点でバリエーションを広げた。
○絵巻物
巻物状になっており、やまと絵(絵画)と詞書(文章)によって構成されている。
10世紀末頃から製作されていて、この絵巻は長い画面に描かれているが故にその鑑賞の仕方も右から左に既に見終わった部分を巻き取りながら、これから見る部分を巻き出すという特殊なものである。このような特殊性が次のような絵画技法を生んだ。
- 異時同時…一つのある場所で物語が展開される場合、同じ場所を何度も描く必要性が出てくる。しかし、あまりに何度もそうしていると画面がくどくなってしまう。
これを解消するための技法が異時同図法であり、この技法のもとでは一つの背景の中に同一人物が何度も描かれる。鑑賞者はこの登場人物の動きを追って物語を読み取るのである。
- 吹抜屋台…絵巻の画面の多くは物語の展開する地平を斜め上から見下ろす構図をとって描かれている。これを「俯瞰構図」というが、この場合物語の舞台が室内であったときには、ほとんどその様子を描くことができなくなってしまう。
これを解決するために建物から屋根や天井を取り払って描く「吹抜屋台」という技法が生まれた。
- 引目鉤鼻…『源氏物語絵巻』などに見られる、目は細い線鼻は“く”の字形で描き表わされた顔のこと。
一見没個性的なこの表現は逆に鑑賞者が自由に登場人物の感情を汲み取ることを可能にしているという。
<『鳥獣人物戯画』(高山寺蔵)・『病草子』(京都国立博物館蔵)など>
○仏教絵画
この時期密教のもとでは「曼荼羅」、浄土信仰のもとでは「来迎図」という絵画が流行した。
- 来迎図…人々が亡くなった時に阿弥陀如来が迎えにくるという浄土信仰の考えを表現した絵画
- 曼荼羅…密教における仏の世界を表現した絵画
<『両界曼荼羅』(東寺蔵)・『高雄曼荼羅』(神護寺蔵)など>
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